2012年7月1日日曜日

[2012/07/01(日)日常]鈴木先生を鑑賞して感じた「価値観」について

Huluで知人の推薦もあった、「鈴木先生」を鑑賞。
私はもともと教育に興味があり、学生時代には家庭教師や塾講師をしていた。
そのせいもあるのか、話が進むたびに、熱中しながら教育の難しさについて考えさせられた。

「教育の難しさ」とは?
それは
「価値観の多様性を認めつつ、答えを伝えなければらないこと」
なのかもしれない。

主役の鈴木先生は、生徒を指導するときに
「正しいのではなく許されている」
という言葉を利用する。

このドラマは、性に対して指導する場面が頻繁に登場する。
「避妊は正しいのではなく、許されている行為に過ぎない」

選択肢が多い社会は、個人が居心地が良い(都合が良い)選択ができる社会とも言える。
価値観が正しいと考え、都合の良い価値観の積み重ねが続く。
そして、その価値観は、絶対的なセリフにより社会へ蔓延されていく。

「画一化された価値観の蔓延」は価値観の多様性を拒否する雰囲気を作り出し、次第に異なる価値観を持つ者は、「価値観」分離されるべきである「人格も否定されることもある。

私は自分の価値観に自信を持ち、ただ絶対であるとは信じず、否定されることが正しいと思いながら過ごし続けたい。
そして相手の価値観も許していきたい。
その中で新しい価値観を生み出していきたい。

そうやって、素敵な家族だったり、会社だったり、仲間が作られていくんだろうなって思っている。
多様な価値観が認められる社会を作りたい、なんて大きなことは言えないけれども、せめて自分は多様な価値観を認められ、それを許すことができる雰囲気を創りだしていけるような人間になりたい。

素敵なドラマでした。
Huluでの配信だけでなく、DVDも販売されているようです。


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